White Pouch

真白歩知のSSだったり考察だったり感想だったりを書いてます。

【SS】日常幸福論

「・・・ちゃんと聞いてるのか?宮森」

 

そう言われて振り向くと、教科書を片手に困り顔をしている畠山がすぐそばにいた。

 

「・・・あはは」

 

僕の愛想笑いを聞いて大きなため息をつくと、頭をポリポリと掻いて「せめて教科書くらい出せ」とだけ言って教卓へ戻っていく。

僕は適当に返事をしながらまた外の景色へと意識を戻す。

グラウンドでは体育の授業を受けている生徒たちが、元気に身体を動かしている。

今日はとても良い天気だ。

身体を動かすには良い日和だろう。

開いた窓からは強くも弱くもない風が心地よく前髪を撫ぜる。

畠山が教科書を読み上げる声と、グラウンドからの元気な声が混ざりあって、まるで子守歌の様に眠気を誘った。

耐えられず、大きな欠伸を一つ。

このまま眠れたらさぞ気持ちが良いだろう。

日向ぼっこをしている猫なんかはいつもこんな気持ちなんだろうか。

そんなことを考えながらうとうとしつつ、ふとグラウンドの方を見ると、こちらに向かって大きく手を振る奴がいた。

北野かおり。

別のクラスで、少し前までは話したことすらなかったのだが、最近ひょんな事からよく絡んでくるようになった。

それは、今日と同じように良く晴れた日曜日の事。

僕はその日、旧部活棟の屋上へと赴いていた。

何か用事があったわけでもなく、さらに言えば僕は帰宅部で日曜日にわざわざ学校まで来る必要すら無い。

それでも、そこに行くのはシンプルな理由だった。

そこは僕のお気に入りスポットなのだ。

多少ボロいが日当たり抜群だし、運動部の掛け声なんかがちょうどいい具合の距離感で耳に届く。

ある時は昼寝をしたり、ある時は本を読んだり。

そこにいるときは色んなものから開放された気分になれる、僕にとってはそんな場所だった。

そんな僕のベストプレイスに突如として現れたのが彼女、北野かおりだった。

僕が気付いた事がわかると、宮野はその旧部活棟を指さした。

 

(・・・りょーかい)

 

北野に向かってヒラヒラと手を振り返す。

と、同時に授業終了のチャイムが鳴る。

 

「・・・っと、終わりか。じゃあ今日はここまで。ちゃんと復習しとけよー」

 

そう言って、気怠そうに畠山は教室を出ていった。

教室内はにわかにざわざわとし始める。

この休み時間の過ごし方は本当に多種多様で見ていて面白い。

すぐに友達と話始めたり、真面目に復習をしていたり、あるいは本を読み始めたり。

僕は、この風景が意外と好きだったりする。

その好ましい喧騒をよそに、僕はそっと教室から出る。

向かうのは、旧部活棟。

先ほど指定された待ち合わせの場所だ。

校舎を出て中庭を突っ切り、校舎横のちょっとした林のような所を抜けしばらく歩くとようやくたどり着く。

本当に同じ学校の敷地内かと疑いたくなるような、まるで隠れ家的な立地だ。

ここに建物があると教わらなければ存在自体認識するのも難しい。

斯くいう僕も、校内の散歩していた時に偶然見つけたくらいで、そもそも普通なら林の奥に行こうとも思わないだろう。

行く人がいるとすればそれは僕と同類か、酔狂な奴くらいだ。

でもそれはこの学校内では・・・幸か不幸か、そんなに多い人種とも思えなかった。

そうして辿り着いた旧部活棟は、いまや珍しい木造二階建てでなんとも時代を感じさせる風貌をしている。

まるでここだけ、時代から、時空から、ありとあらゆるしがらみから切り取られているような場所だった。

屋上へと向かう階段は一歩進むごとにキシキシと音を立て、不安感を煽る。

元々は鍵も掛けられていたであろう扉は、開閉は問題ないが鍵自体は壊れていて意味をなしていない。

その扉を開けると、燦燦と降り注ぐ日光に照らされる。

旧部活棟の裏に大きな桜の木があって、上へと伸びたその木の枝の一部が屋上にかかっていてちょうどいい木陰の部分もある。

その木陰の部分に、僕が探し出して設置したこれまた時代を感じる木製の椅子と机があって、北野はちょうどそこでくつろいでいる所だった。

体操着から制服に着替えてはいるが、裸足になっているその足をだらしなく伸ばして椅子に腰かけている。

タオルで顔を覆い、脱力した様子だ。

 

「・・・呼び出しておいて寝てるのか?」

 

そう声を掛けると、「おー・・・ちょっと疲れてねー」と言いながら片手だけヒラヒラと振る。

僕は木陰にあるもう一つの椅子に腰かける。

 

「ほら」

 

恐らくこうなっているであろう事を見越して、持ってきていたスポーツドリンクを机に置く。

 

「お、ありがとー。流石気が利くねぇ」

「で、どうしたの?」

「んー?なにがー?」

 

多分本当は何を聞かれているのかわかっているんだと思うが、こうして素直に答えないのが北野である。

 

「何って、呼び出したじゃん」

「ここに来たがってるのは宮森の方かと思ったけど?」

 

ぐうの音も出ない。

全く持ってその通りだった。

僕がここに来たがるときは大抵がデトックスが必要な時で、そしてそれは僕の場合結構頻繁に必要となる。

これはもう自分でも自覚しているのだが、僕は社会不適合者の部類に入っている人間なんだと思う。

今日の日々の生活には情報が溢れかえっていて、好む好まないに関わらず自動的に供給される情報たちに対して・・・僕は、疲れてしまうのだ。

僕が普通に暮らすには、現代のスピードは早すぎる。

そしてそういうときこそ、ここに来る。

世界から切り離されたような、この場所に。

 

「僕はいつだってここに居たいと思ってるよ」

「あは、まぁそれもそうか」

 

北野は軽く受けてくれる。

僕はそれも、なんとも心地よい距離感だと感じていた。

その後はしばらく二人とも言葉を交わすことなく、桜の木に飛んできた小鳥の歌声を聴く。

 

「・・・やっぱりいいね。ここは」

 

北野は言う。

 

「うん。そうだね」

 

僕は肯定する。

このゆったりとした空間こそ、僕の身体のリズムに合っていると感じる。

 

「そういえばさ・・・」

 

と、この際だから気になっていた事を聞いてみる事にした。

 

「北野は、どうやってここを見つけたの?」

 

ここで知り合ってから何度か廊下などですれ違ったりしたのだが、どうやら彼女はいわゆるスークールカーストの上位に位置する人物のようだった。

いつも色んな友人達と一緒にいるし、ちょっとすれ違っただけでもほとんどの場合で話しかけられていて交友関係が広い事が窺えた。

僕とは真逆と言ってもいい。

そんな人間がここに辿り着くには、結構意識しないと見つけるのも難しいと思う。

それに加えてここは、生徒の中でも極限られた人物(例えば生徒会役員とか)しか存在を認識していないような場所だ。

しかもその人物たちですら恐らく言われなければ思い出しもしないだろう。

はぐれ者を自覚している僕でさえ、この場所を見つけたのは入学して半年以上も経ってからだった。

 

「んー、まぁあんまり褒められた方法じゃないかな」

「え、何したの」

「・・・私さ、宮森って凄い独特な空気感持ってるなーって思ってたのよ。入学式の時から。その場のノリに合わせるような子ばっかの中でさ。悪い意味じゃなくて流されない人だなぁって。・・・まぁ入学式後は宮森の事なんて綺麗さっぱり忘れてたけどね」

「・・・存在感が薄いのは自覚してるよ」

「は?なにそれギャグ?」

 

少し笑いながら、そして少しキレながら言われてしまった。

僕の僕自身の自己評価としてはそれが正解なのだが、北野はそれがお気に召さないらしい。

しかし実際のところクラスメートは僕の事をちゃんと認識しているかも怪しいし、なんなら名前すら覚えていないだろう。

 

「・・・まぁともかく、珍しく放課後に一人になった時に偶然宮森を見かけたのよ。ああ、入学式の時のあの子だって思って。そしたら私の知らない道をどんどん進んでいくじゃない?だから、つけてきちゃった」

 

それは確かに褒められない行為だが、それよりも北野がなんで僕をつけようと思ったのか、その方が気になった。

自分と関わりのない人間が知らない場所へ入って行った所で、普段なら気にも留めないだろう。

 

「・・・北野ってさ、もしかして普段結構無理してる?」

「・・・あは。まぁ、気付くよね宮森は」

 

普段見かける北野は、フレンドリーで、おせっかいで、交友関係の広い陽キャのイメージがある。

その姿には全く無理している様子は感じ取れないし、何より北野自身がそれを楽しんでいるようにも見えていた。

 

「楽しくない事は無いんだけどね。人と話すことは好きだし。でも、どこかいつもなんか違うなって思っててさ・・・何が違うのかって言われたらそれもよくわかんないし説明できないんだけど」

 

それは、わかるかもしれないと僕は思った。

北野と僕は違うから一概に同じ感覚かと言われたらそれは違うかもしれない。

でも方向性は同じかもしれない。

 

「価値観・・・とか?」

「価値観?・・・あー・・・それ、確かに近いかも」

 

だとするなら・・・。

北野は、とても優秀なんだなと思った。

残念ながら僕は周りにチューニングを合わせることが苦手なのだ。

出来ないと言ってもいいかもしれない。

だから結局一人でいることを選んでしまう。

 

「北野は、凄いんだな。僕には無理だ」

「待って。話の流れが分かんないんだけど説明して貰っていい?」

 

これも僕の悪い癖・・・というか、人と会話をあまりしてこなかったからこその弊害だとも言えるのだけど、自己発信が極端に少ないのだと思う。

全て頭の中で考えて、それを共有する方法がわからない。

 

「・・・えっと、北野は、それでも周りに合わせられる能力があるじゃん。僕は背伸びしても難しいから」

「んっと?あー、そういう事?・・・そっか、それが宮森には難しいのか」

 

それでもこうして北野とは話せるのは、やはり北野が優秀なのだ。

会話の流れや単語から、それ以外の物を汲み取る能力に長けてるんだと思う。

それができるからああやって周りに人が集まるんだろう。

 

「でもごめん。それでも私は宮森が羨ましい」

「・・・僕が?」

 

そう言われて僕は驚いた。

僕が北野に憧れることはあってもその逆は無いと思っていたからだ。

 

「そうだよ。周りに流されずに自分を貫けるのって凄く羨ましかった。ちゃんとしてるっていうか、フラフラせずに一本筋が通ってるように見えてたんだよね」

「・・・協調性が無いってよく言われたけどね」

「そんなの、大人が管理しやすいようになれって言ってる様なものでしょ?それに本当に協調性が無い人っていうのは自分一人で生きてるって勘違いしてるような人の事だよ。宮森は違うもん」

 

そんな風に言ってくれる人は初めてだった。

もしかしたら僕は、本当に得難い友人と出会えたのかもしれないと、この時思った。

 

「はは」

 

少し笑って、上を見上げる。

花はもう散ってしまっているが、桜の木が風に吹かれてさわさわと揺れていた。

 

「だからさ、私にとってのこの場所と、宮森との会話っていうのは、私に本来の自分っていうのを思い出させてくれる気がするんだよね。よくわかんないけど」

 

それは、僕にはよくわかった。

日常の流れに疲れてしまう僕にとっては、この場所こそが自分の立ち位置を振り返らせてくれる場所だと思っているからだ。

そしてそんな場所を見つけられた僕はとても幸運なんだと思う。

 

「わかるよ」

 

そう小さく呟いて、僕は目を閉じた。

願わくばこの幸福な日常が、いつまでも続くようにと祈りながら。

 

 

 

終わり